第9回国際骨免疫学会議(ルートラキ、ギリシャ)を主催して

東京大学大学院医学系研究科免疫学
高柳 広

骨と免疫は遠い関係にあるものと考えられてきた。運動・身体支持と感染防御では機能的に全く異なるからかもである。分野としても、骨は整形外科、内分泌科や歯科の研究者が扱い、免疫は、免疫学、細菌学、リウマチ学といった別の部門が扱う。整形外科医は、手術が仕事で免疫学のような複雑な学問とは縁遠く、骨代謝領域は他の分野に比して免疫学の入り込む余地が少なかったことも一因かもしれない。私自身も学生時代、テニス部、スキー部、ヨットサークルと多忙を極め、免疫学や生化学の教室に通う同級生を横目に(実験室ではなく)海や山に出かけており、典型的な整形外科タイプであった。しかし、整形外科医になり、関節リウマチを専門とし、骨破壊の基礎研究に携わるようになってくると、免疫学を抜きに考えることは難しいことに気づいた。そこで、谷口維紹先生のいらした東大医学部免疫学教室の門をたたき、骨代謝研究と免疫学を融合させる研究を続けた。自己免疫応答がどうして免疫系を介して骨を壊すかを解析し、T細胞、線維芽細胞、破骨細胞分化因子RANKL、破骨細胞が骨を壊すメカニズムに焦点をあて論文を書いたところ、ペンシルベニア大学にいるYongwon Choi博士らが、私たちの研究をOsteoimmunologyと位置付けた。 こうして2000年、骨免疫学が始まった。ほどなくして、Yongwon Choi博士から、骨免疫学に関する国際会議を作ろうと連絡があった。まだ関わる研究者も少ない中、2006年主要な骨免疫学研究者でオーガナイザーを組織し、第1回国際骨免疫学会議をクレタ島で開催した。会議は、小さめの会議で参加者の交流を重視した。ゴードンカンファレンス、コールドスプリングハーバーカンファレンス、キーストンシンポジウムに開催を打診したが、興味をもってもらえず、最終的にエーゲアンカンファレンス(正確には発音は、イジーアンカンファレンスに近い)というギリシャのエーゲ海の島で会議を開く運営団体がサポートしてくれることになった。これ以来、骨免疫学とギリシャの島々は切っても切れない関係となった。クレタ島に始まり、一年おきに開催し、ロードス島、サントリーニ島、コーフ島、コス島、再びクレタ島と夢のような開催地が続いた。参加者は、非日常の中で、トップサイエンスとインフォーマルな交流を楽しみ、帰るころには、それまでとは違う自分自身、そして明日からの研究への糧を得られるような会議として発展してきた。ギリシャは、経済問題ではEUのお荷物のように報道されることもあるが、文明の発祥の地であり、哲学や医学もここから始まった。新しい思考を生み出すには最適の場所である。問題は、ギリシャのオーバーツーリズムと世界的なインフレーション、スポンサーの減少の中で、学術集会を開催できる場所が限られてきたことであった。COVID-19により2020年の開催は中止となり、2022年の第8回世界骨免疫学会議も縮小開催となった。 その時期のオーガナイザー会議において、私が、2024年の第9回国際骨免疫学会議メインオーガナイザーに選出された。いわば学術集会長とプログラム委員長を兼ねたような役回りである。

第9回国際骨免疫学会議において、最大の懸念点は、開催地の決定であった。6月のギリシャの島々のツーリストの増加に伴い、島での開催地が限られる中、初めて遡上に登ったのが、ルートラキという街である。ギリシャから西に80キロほど、ペロポネソス半島の付け根にあるコリントスの近くにある。ペロポネソス半島には、古代コリントス遺跡をはじめとして、ギリシャ神話や世界史で聞き及ぶ旧跡が多数散在する。会場候補はWyndham Loutraki Poseidon Resortという海辺のリゾートホテルだった。ギリシャの島々と比して、ギリシャ本土はまだ観光客が少なく、会場の自由が利きやすいとのことであったが、それは人気がないことの裏返しでもあり、あえて世界中から人が集まる学会の場所として適切かどうかは判断に迷うところであった。しかし、選択肢が限られる中、ルートラキ開催を決意し、2024年5月27日から6月1日の期日で会議を開催した。骨免疫の研究の最前線を紹介する本会議では、ストローマ骨免疫学、老化と再生、ビッグデータなど最新の話題が取り上げられ、世界各地からトップサイ。エンティストが集まった。詳細は割愛するが、専門外の方にも興味を持っていただける話題があったのでそれを紹介したい

一つは、AIと人間でどちらが上手に総説論文を書けるかという発表である。同じ内容で、人間だけ、AIだけ、AIと人で協力する方法の3つを比較して、要した時間や正確性などを比較している。結論としては、AIだけだと時間は節約できるが不正確であり、剽窃(丸写し)が増える結果であった。結局、現段階ではAIを使って書いても却ってファクトチェックに時間がかかり足手まといであるということである(Curr Osteoporos Rep. 2024 22:115-121)。今回AIとしては、ChatGPT4.0を用いているが、技術の進歩は日進月歩であり、いつの日か、総説論文は人が書かなくてもChatGPTに聞けば、教えてくれる日がやってくるのかもしれない。しかし、個人的には、AIにはすでにあるもの以上の価値は生み出せないだろうとたかを括っている。車の完全自動運転も掛け声ばかりでいつになって実現しないが、そもそも、現在の交通事情を考えれば、完全自動化など夢のまた夢であろう。

超高齢化社会の進展の中、膝の変形性関節症による痛みは歩行障害をきたし健康寿命を短縮する大きな問題となっている。ちまたには、健康保険適応外の細胞治療が跋扈しており、骨髄細胞や間葉系細胞などが用いられている。ランダム化比較試験は、薬剤や医療技術の正当性を示すために広く認められた方法であるが、変形性膝関節症に対する細胞療法には、ランダム化比較試験での正当性がきちんと示されていなかったり、症例数が極めて少ない研究しかなかったことが課題であった。Emory大学のDrissiらは、480例の比較的大きな規模のランダム化比較試験を行い、細胞治療はこれまで行われてきたステロイド注入治療と効果に差がないことを示した(Nat Med. 2023 29:3120-3126)。費用対効果を考えると、変形性膝関節症の細胞治療への安易な依存に警鐘を鳴らすものであった。

ペロポネソス半島にある遺跡は素晴らしい。紀元前1600年前に遡るミケーネ遺跡は世界遺産にも登録されている。古代ギリシャ文明よりずっと昔、日本の縄文時代に相当する時代にミケーネ文明が栄え、巨大な神殿や城塞、貯水池を設計し3万もの人が住んでいたという。エピダウロスも世界遺産で、ギリシア神話の名医アスクレピオスゆかりの医療の中心地であり1万人以上を収容する古代の劇場が残る。紀元前330年前に、スピーカーがなくても、ステージの声が最後列まで届くように設計したというから驚きである。ナフプリオは、オスマン帝国からギリシャが独立した1829年に初めてのギリシャの首都となった都市であるが、今は鄙びたパラミディ要塞が、ベネツィア人とオスマン帝国の間に翻弄された歴史を物語る。古代コリントスは、ペロポネソス半島の付け根にあり、半島への入り口という交通の要衝であったことから、商業都市として栄えた。コリントス運河は、皇帝ネロが67年に開削し、最終的に1893年に完成し、半島をいわば島のようにしながらエーゲ海とイオニア海側を結ぶ。古代ギリシャ都市国家(ポリス)としては、アテネ、スパルタが有名だ。コリントスは同じペロポネソス半島にあるスパルタとペロポネソス同盟を結んでいたため、イオニア海に浮かぶコーフ島を巡りアテネと争い、紀元前431年に始まるスパルタ対アテネのペロポネソス戦争の引き金を引いた。アクロポリスというと、アテネが有名だが、各ポリスは神殿を祀る丘の上の城塞としてアクロポリスを擁していた。コリントスのアクロポリスはアクロコリントスと呼ばれ、ギリシャ本土で最も印象的なアクロポリスとも言われる。短い学会中にレンタカーを飛ばしこれだけの遺跡を回れたことを考えると、ルートラキ開催を主張したギリシャ人事務局の意見にも一理あったと頷けた。ただ、遺跡といっても古代の残骸であり、歴史を知らなければただの大きな石にすぎない。サントリーニ島のイアの夕焼けを見ながらシャンパンを片手にロブスターを頬張るのに越したことはない。

骨と免疫の話に戻ろう。整形外科と免疫学が遠い関係であることを述べたが、整形外科は手術ばかりしていて体力勝負という批判に答えた文献を引いて本寄稿を結びたい。麻酔科医が、整形外科医をおちょくって、「整形外科は牛のように力持ちだが、頭脳は牛以下だ」と言ったそうだ。骨免疫会議とは関係がないが、握力計とIQテストを行なってこの問題に科学的にアプローチした研究者がいる。結果は、握力、IQテスト共に、麻酔科医と比して整形外科医の勝利だったそうである (BMJ 2011;343:d7506)。今後、n数を増やしたランダム化比較試験で、真の結論が出ることを期待したい。

引用元:公益財団法人 先進医薬研究振興財団(https://www.smrf.or.jp/category/books


トラベルアウォードにつきまして

日本骨免疫学会では、日本の骨免疫分野の研究を広く世界に発信すること、および世界の最新情報を日本に持ち帰り周知することの両面を学会として促進するため、海外の学会で発表を行った会員の方々を対象に、トラベルアウォードを募集をし、3名の受賞者が決定いたしました。

【対象者】
第9回国際骨免疫学会にて演題登録を行う会員
HP:https://www.aegeanconferences.org/src/App/conferences/view/173

【副賞】
1件あたり20万円

【受賞者】
・大阪大学 大学院医学系研究科 遺伝統計学教室 友藤嘉彦先生
・松本歯科大学 総合歯科医学研究所 硬組織機能解析学 何治鋒先生
・東京大学 大学院医学系研究科 免疫学 安藤雄太郎先生

下記に受賞者の報告書を掲載させていただきます。


報告書

Quantification of the escape from X chromosome inactivation with the million cell-scale human single-cell omics datasets reveals heterogeneity of escape across cell types and tissues

Yoshihiko Tomofuji, Ryuya Edahiro, Yuya Shirai, Kyuto Sonehara, Shinichi Namba, Tomohiro Yata, Yukinori Okada

女性において、2本のX染色体のうちランダムに選ばれた1本は不活性化されている。しかしながら、X染色体の不活化はしばしば完全でなく、一部の遺伝子はX染色体の不活化から「逃避」することが知られている。X染色体不活化からの逃避は、男女間での遺伝子発現の差につながるため、ヒトの性差に関する重要な現象であると考えられてきた。しかしながら、X染色体不活化からの逃避の影響がどの細胞の遺伝子発現プロファイルにどれほどの影響を与えているのか、という点を評価できるような定量的手法は存在しなかった。そこで我々はシングルセルオミクスデータセットを入力としてX染色体不活化からの逃避を定量するソフトウェア、scLinaX(single-cell Level inactivated X chromosome mapping)を開発した。scLinaXを複数のシングルセルRNA-seqデータセットに適用することで、様々な細胞種におけるX染色体不活化からの逃避を定量することに成功し、特にリンパ球においてX染色体不活化からの逃避が強く起きていることを明らかにした。本研究で開発したscLinaXは既にRパッケージとして公開されており(https://github.com/ytomofuji/scLinaX)、今後、様々なデータセットに適用することが可能である。

論文キーワード:1. X染色体不活化 2. シングルセル解析 3. リンパ球


著者コメント

この度は第9回国際骨免疫学会への参加にあたって、ご支援をいただき、誠にありがとうございました。骨・免疫を中心に様々な分野のトップ研究者たちが集う学会で発表する機会をいただき、大変勉強になりました。今回の経験を糧に引き続き、研究に邁進していく所存です。今後とも、ご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。


A novel macrophage subset promotes bone regeneration through the activation of Wnt signals in mesenchymal stromal cells

Zhifeng He1, Linan Shi1, Toshihide Mizoguchi2, Ruoxuan Li1, Yuki Matsushita3, Shinichiro Ito2,
Yuko Nakamichi1, Kohei Murakami4, Kazuo Okamoto5, Hiroshi Takayanagi6, Nobuyuki Udagawa7,
Yasuhiro Kobayashi1

1Institute for Oral Science, Matsumoto Dental University;
2Institute for Oral Science, Tokyo Dental College;
3Graduate School of Biomedical Sciences, Nagasaki University;
4Okayama University of Science;
5Department of Osteoimmunology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo;
6Department of Immunology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo;
7Department of Biochemistry, Matsumoto Dental University

Macrophages (Mφs) have been reported to play vital roles in bone healing. However, the mechanisms have not been fully elucidated. Here, effects of a Mφ depletion agent clodronate liposome (CloL) on bone repair were compared with Csf1r neutralizing antibody (AFS98), which also depletes Mφ lineage cells. Treatment with CloL, but not AFS98, decreased regenerative bone volume after bone injury. CloL markedly depleted F4/80(+); Csf1r(-) Mφ, but AFS98 did not, suggesting that F4/80(+); Csf1r(-) Mφ has critical roles in bone repair. Moreover, we discovered Wnt4 expression in osteoblastic cells was transient upregulated at early phase of bone repair, which diminished by the treatment of CloL. By applying RNA sequencing, we identified that the factor A expression was selectively highly expressed in F4/80(+); Csf1r(-) Mφs. Local administration of recombinant factor A could reactive the transient high expression of Wnt4 and restored the activation level of the Wnt signal in Clol treated mice. Together, this study demonstrates that F4/80 (+); Csf1r (-) Mφ promotes bone healing via the activation of Wnt signals in mesenchymal stromal cells by niche signals.

論文キーワード:1. Macrophage 2. Bone healing 3. Wnt signal


著者コメント

Thank you very much for supporting my participation in the 9th International Conference on Osteoimmunology. It was an invaluable experience to present my research at a conference attended by top researchers from various fields, particularly those specializing in bone and immunity. This opportunity has significantly enhanced my knowledge and motivation. I am committed to further advancing my research, and I deeply appreciate your continued guidance and support.


How does OPG limit vascular calcification?

安藤 雄太郎、塚崎 雅之、高柳 広

血管石灰化は致命的な心血管イベントに繋がり生命予後を顕著に増悪させる。しかし、その病態形成機序には未解明な点が多く、有効な治療法は確立されていない。破骨細胞分化誘導因子RANKLのデコイ受容体であるOPGは、血管石灰化の抑制因子として知られている。OPGによる血管石灰化の制御メカニズムとして、骨芽細胞由来のOPGが破骨細胞の活性化を阻害することで血管石灰化発症を抑制する「カルシウムシフト説」が提唱されているが、生体レベルでは検証されていない。

我々は、動脈硬化マウスモデルの病変部位のscRNA-seqデータ解析より、RANKL、RANK、OPGは血管を構成するストローマ細胞および病変部位に浸潤する免疫細胞において高発現することを見出した。血管構成細胞特異的にOPGを欠損させたマウスでは、骨量減少は認められない一方で、重度の血管石灰化を発症した。一方で、骨芽細胞特異的OPG欠損マウスでは、著しい骨量減少を認める一方で、血管石灰化を発症しなかった。また、血管構成細胞特異的にOPGとRANKを欠損させたマウスおよびOPGとRANKLを欠損させたマウスでは、血管石灰化の発症が抑えられた。

以上の結果は、OPGによる血管石灰化制御機構の定説「カルシウムシフト説」を覆しうるものであり、血管局所におけるRANKL/RANK/OPG軸の破綻が血管石灰化発症に寄与する可能性が示唆された。

論文キーワード:1. 血管石灰化 2. OPG 3. 異所性石灰化


著者コメント

この度は、第9回国際骨免疫会議のトラベルアウォードに選出していただき、誠にありがとうございました。今回の受賞を励みに、自身の研究をさらに発展させてゆきたいと思います。高柳広先生、塚崎雅之先生をはじめ、ご指導いただきました多くの先生方に深く御礼申し上げます。