生体内の石灰化はカルシウムと無機リンから形成されたハイドロキシアパタイトが細胞外のコラーゲン線維に沈着することで生じる。一方、石灰化抑制機構にはATPの加水分解反応で産生されるピロリン酸(PPi)が重要な役割を果たしており、異所性石灰化は、何らかの原因によってPPiの産生が低下することによって顕在化する。
我々は、ENPP1遺伝子に変異をもつ異所性石灰化動物モデルttw
(tip-tow
walking)マウスを用いて異所性石灰化の発症機序の解明について研究を行ってきた。このマウスは常染色体劣性低リン血症性くる病の病態も再現することから、病態改善を図るべく、高濃度リンの給餌を行ったが、実際には低リン血症は改善されず、成長障害、後弯変形、腎臓・大動脈の血管石灰化、脊柱靭帯の石灰化はむしろ増悪し、早期致死を招いた。そこで、本研究では生体内でのリン負荷におけるENPP1遺伝子の機能を解析することを目的に、まず全身性にENPP1遺伝子を欠失させたCAG-Cre/Enpp1flox/floxマウスを新規に樹立した。このマウスに高リン食を投与すると、ttwマウスとほぼ同様の表現型を示した。そこで、生体内のリン負荷において最も反応する組織を検索するために、2ヶ月間食餌性のリン負荷を行った野生型マウスの各臓器から抽出したmRNAレベルのENPP1の発現量を解析したところ、骨組織で最も上昇を認めた。またin
vitroでは骨芽細胞株MC3T3-E1にリン刺激を行うと骨細胞で特異的発現を認めるFGF23の発現上昇に伴ってENPP1の発現上昇を認め、リンに対する生体内の感知センサーは骨細胞が担っている可能性が考えられた。そこで骨細胞特異的にENPP1を欠失したDMP1-Cre/Enpp1flox/floxマウスを作製し、高リン食負荷を行った。しかしながら、異所性石灰化の増悪は認められなかった。今回の結果を踏まえ、ENPP1は骨以外にも肝臓,
腎臓,下垂体など全身で幅広く発現しており,
他の組織からの制御の可能性が考えられた。その一方で、PPiは血中に豊富に存在することから、一臓器からのPPi産生を抑制しても恒常的な石灰化抑制機構を阻害することは困難である可能性も考えられた。現在、我々は多臓器によるENPP1発現制御の可能性を視野に入れながら、異所性石灰化の真髄を追究していきたいと考えている。